俺たち寄せ集め 第肋期

男性4気筒エンジンのアカペラバンド「俺たち寄せ集め」のホームページ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

私はいかにして、アカペラーとなったのか -2-

前記事:http://oreyose.blog133.fc2.com/blog-entry-87.html

さて、過去の途中で引っかかったままになってるあの頃の俺は、その後どうなったかというと。

高校の合唱部はなんと、入学のタイミングを待たず入れ違いに廃部になっていた。一番の大誤算。あれほど中学で一生懸命打ち込んだ合唱と、少なくともこの3年間は無縁になってしまうのか、と少なからずショックは受けたものの、テツな属性を生かしてあっさり写真部に入部・・・というのはあくまでも学校側把握の、俺の表向きの所属。
高校2年のとき、クラスメイトに声をかけてもらい、当時一大ブームになっていたフュージョン・バンドで、キーボードを担当させてもらった。ライブハウス・デビューは歌ではなく楽器演奏で、客ではなく出演者としてだったわけだ。
一方、合唱の方は中学のOB合唱団に月2回ほど顔を出しつつ充足した生活だった。高校では校歌を、馬鹿でかい声でクソ真面目に歌っていたので、目をつけられていたらしく、これまた同級生からお声がかかる。これが話し合いの結果として、男声合唱愛好会という「非合法組織」を結成するに至った。このとき声をかけてくれた同級生はブラスバンド部で、後に指揮者になる。
その非合法な活動内容だが、もちろん学校側に存在を把握されている団体ではないことと、年に1回、文化祭でどこからともなく現れ、現れる場所は専ら渡り廊下。マイク、スピーカの使用ができるわけもなく、そうなると声がよく響く、という理由。教師に発見される前に散会するのが鉄の掟、というものだった。
多感な時期のこと、演奏内容よりもすっかりこの「非合法」ということばにすっかり味をしめてしまい、これはどちらかというと本来、ROCKに耽溺・昇華すべきモチベーションだよな。当時のレパートリィはまだ、無伴奏とはいえ純然たる男声合唱曲や混声合唱曲の楽譜を、拙くアレンジしなおしたものばかりだったが。

後年、教育実習で母校を訪れたとき、懐かしの渡り廊下は健在だった(今は現存せず)。
丁度合唱祭の直前の時期で、音楽準備室にあるアップライトピアノがこの時期だけ、渡り廊下に出されているのを知っていたので、これ幸いと放課後、翌日の授業の準備もせずに弾きまくっていたから、生徒には「社会科の変なセンセイ」と思われてしまった。
なお、愛好会の方は我々の卒業後、ただひとりの後輩が走り回ってメンバーを集め、なんと混声部隊になり、数年はなんとか存続していたようだ。
高校時代に早くも、やりたいことは自分たちでカタチにしちゃえばいいんだ、という経験ができ、志を同じくするメンバーに恵まれたのは、幸いだったと思う。
携帯電話もインターネットも、もちろんまだなく、「ウォークマン」がようやく普及し始めた頃。

この後はっきりと俺自身の嗜好がDoo-Wopやいわゆるアカペラの形を取るのは、大学に進んでからだが、それまで歌といえば30人もの人たちが集まらないと演奏できないものだったところ、無伴奏音楽の機動力の高さを、これ以上ない形で体現することができた。
アタマでは知っていることと、実際に実行してみることで得られる手ごたえは、全く違うレベルのものだ。
その後もメンバーが変わったり、それまで積み上げてきたものが一気に崩れ去るような経験もあったけど、俺個人としてはなぜかまだ、こうして歌い続けている。
今みたいに「コーラス5名+ボイパ」みたいなお手本になるようなスタイルはもちろんまだなく、演奏形態そのものも混声だったり男声・女声だったり、人数も最少3人から最大12人と、その都度変遷してきている。
今回、画像はありません。

それにつけても最近思うのは、あれだけ熱心に演奏活動していた数多学生バンドが、卒業とともに簡単に歌うのをやめてしまう残念な状況。
もちろん卒業後の環境は様々なのだろうし、その上での苦渋の判断なのだろうけれど。
「学生時代と同じように時間を割いたり、高い完成度を目指せないから」という話を異口同音に聞く機会があった。
例えば何らかの理由でコーラスパートが1人欠けちゃったのなら、アレンジを変更できないだろうかと試行錯誤する、ボイパがいなくなってしまったらどうにかしてコーラスだけでグルーヴが出せないだろうか考える・・・。そしてそれこそが、自分たち(だけ)の演奏スタイルを創り出せる最大のチャンスなのじゃないかと、オッサンはこれまでの経験から思うわけだが。
もちろん最初から、何から何まで上手くいくわけはないんだけれどサ。

こうして演奏スタイルを自ら掴み取ったという意識がもてないから、まずは演奏スタイルに合わせてできるかどうか、になっちゃうんじゃないだろうか。それでは「耐性」があまりに脆弱なんじゃないかと。最初から「かっこいいスタイル」があって、そういう情報がたくさんある、ということは、ある意味とても恵まれているような、却って身動きが取りにくいような・・・。
因みに俺寄でも、バーバーショップ・スタイルの演目も多くあるけれど、決してバーバーショップのグループではありません(笑)。日頃から真剣に、バーバーショップを演奏している方々に申し訳ないなぁ、といつも思うわけだが。
(誠)

練習ちょ | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<【速報】12月ライブのご案内 | ホーム | 年に一度のお約束「四年目の浮気」ライブ、終了~。>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。